なけなしのくらげ

くらげはいつもなけなしの何かでどうにかこうにかしています。

MENU

モノが多いという基準

実家に帰ると、心から思うことがある。

『モノが多いなぁ』

f:id:nakenashi_kutage:20190414165739j:plain

私が実家を出てから多くなったわけではない。私が住んでいる頃から、このくらい物はあった。
昔の私にとって、実家のモノの多さは当たり前だった。
実家をでて、色んな人と家をシェアし、10回ほど引越しをし、断捨離をやったりして、いろんな価値観に出会ってから家に帰ると『モノが多いなぁ』と、思うようになった。

両親に『物を減らしてすっきり過ごしてほしい』と思うし度々お願いするが、両親が渋る気持ちもわかる。
私にとって、その物量は、普通だったから。
おばあちゃん、おじいちゃんの家に行くとそこもやっぱり実家と同じくらいの物量だ。
この量が普通なのだろうなぁ。としみじみ思う。

人によって、現状のモノが多いとか少ないとか、ちょうどいいとかは、その人の認知によって全く変わってしまう。
ちょっと違うけど、こちらのお話を。

satoru-takeuchi.hatenablog.com

 何となく言った言葉が、相手のコンプレックスを刺激していまい、思った以上に激しい感情を返されることがある。もちろん、私ももれなくそうだ。勝手に責められたと勘違いし、過剰の反応してしまうことがある。人はそれぞれ脳みそにトランスレーターをもっていて、ただ現状を形容しただけなのに、責められたと受け止める人もいる。もちろん、太っている人に太っているね、というのは失礼なのだけど。

私は昔デザイナーだったのだけど、作ったものに対してダメ出しや修正が入ると、その作品のそこを直したほうがいいと言われているだけなのに、自分のセンスがおかしいと言われている気がして、若かったというのもあるのだけど、だいぶ重く受け止めて、苦しかったときがあった。

f:id:nakenashi_kutage:20190415215742j:plain

その後、適当に生きることにして派遣の事務員を始めた。その時に、ここはこうしたほうがいいとか、この手順でやったほうがミスが少なくなるよ、とか教えてもらう。
それは凄く素直に受け止められる。アドバイスもらえたって思う、自分のやり方を否定された!とか私自身をバカにされたとか思わなかった。

のらりくらりやるほうが自分にあっていたのか、デザインはセンスとつながっていて、それがとてもパーソナルなものだから辛かったのかわからないけれど、あのつらい日々からはすこし距離を置いて暮らせるようになった。

さて、そんな自分はこのまとめを見て驚く。

togetter.com

 言い方にもよるだろうけど、記事内で例として挙げられている返答は普通の返しのように思える。

だが、これを『マウンティング』と捕らえる人もいるんだなぁ、と思う。
会話の目的が違うのかな、とも。
よく言われるのが男性脳と女性脳の違いで~ってやつ。解決方法求めてないの!ただうんうん聞いて欲しいの!てやつだろうか。
ただ世の中の多くの女性は気付いているけど、うんうん言ってるだけだど、妙に仲間意識もたれてめんどくさくなったり、適当な相槌だったのに、○○さんも同意してた!と認識され噂の終わりにその旨を付け加えられたりと面倒なのである。

だからどうでもよさそうなところに落としたり。
そもそもその会話の目的が『沈黙を避けるため』だったりして。
逆に言うと、これくらいのことで『マウンティング』と認識されると、同意する以外の反応が認められないから、まぁ、こういう価値観の人は疲れるんだろうなぁ、というか、もう、疲れてるんじゃ、という感じでtogetterはまとまっている。
この会話にいたるまでの流れもあるよね。花粉症で~っていうくだりを何回も言われたり、遅刻のいいわけとかにされたりすると、まぁ、もっと病院変えてまでして病院行けっていうけどねぇ。

 

f:id:nakenashi_kutage:20190414165739j:plain

実家に帰ると『モノが多いなぁ』と思う。

だけども、それは私の感覚であって、両親の感覚ではないのだろう。
『もう使ってないから捨てなよ』といっても両親的には『まだ使っている』なのだろう。
今の私は(私にとって)どうでもいい物に囲まれて過ごしたくないが、それを勧めすぎると、両親は、もしかしたら現状を否定されていると思うのかも知れない。

 

私の電動歯ブラシオムロンからパナソニックに変えたときに、送料対策のために少し多く頼んでいたオムロンの替えブラシのストックがあまった。
たしか父もオムロンを使っていたから、もし使える型だったら送ろうと思い聞いて見たところ、父はもうパナソニックを使っていた。
『じゃあいらないねぇ』と私。『でも実家に送ったら?置いておく』 と母は言う。
メーカーが違うのにどうしておいておきたがるのかわからない。例え掃除に使うとしても、ウチには掃除用に使い古した歯ブラシを取っておいてあるし。(結局メルカリで売った)

私の拠点となるほうの家の照明を新しくしたとき、もともとつけていた照明が要らなくなったので、欲しいかと親に相談する。実家で使うというので、梱包用の大きなダンボールを確保して、入れ方を工夫して、よいしょよいしょとコンビニに荷物を出してきて、2200円もかけて実家に送ったのに、その照明は使われていなかった。どうしたのかというと、『使い道は決まっていなかったけど貰った』という回答だった。こちらで捨てたほうが安かったのだけど。不用品を貰ってくれると思って送ったのになぁともやもやした。

これが両親にとって普通なのだろう。

これが両親にとってモノを大切にするということなのだろう。

 

お片づけ界隈ではよく実家の片づけが話題になる。
だいたいこんな感じで、実家の荷物の多さと、捨てたがらない両親の話だ。

モノを減らして欲しいのは、私のわがままでもある。もうあそこは私の家ではないのだから。
好きにしたらいい、と思いつつ、でもどうしても思ってしまう『モノが多いなぁ』

困るのはモノが多すぎて見ているだけで疲れてしまうところだ。

みなさんはどうしてるのかな?

 

両親の感覚もわかるからこそ難しいねぇ。

 

 

では

 

にほんブログ村 にほんブログ村へ
にほんブログ村

【スポンサーリンク】